「脱腸だけれど、まだ小さいから大丈夫!」って言われましたが、本当に大丈夫なのでしょうか? という疑問にお答えします。
HERNIA
脱腸とは
俗にいう“脱腸”とは正式には「鼠径部ヘルニア」という病名で、下腹部の足の付け根あたり(鼠径部)がぽっこりと膨らむ病気です。病気とは言いますが、内科的な病気というより、身体の骨格が脆(もろ)くなり発症する怪我のようなものと考えていただいたほうがわかりやすいと思います。放置するとだんだん大きくなり、男性の場合は陰嚢まで達する(陰嚢が膨らむ)こともあります。
*鼠径部とは:左右の大腿部の付け根にある溝の内側にある下腹部の三角形状の部分。解剖学的には恥骨の左右の外側・股関節の前方部
鼠径部ヘルニアは子供の病気と思っている方が多いようですが、大人にも非常に多い病気です厚生労働省の統計によりますと年間14~15万人程度の方が鼠径部ヘルニア手術を受けているというデータがあります。
手術を受けていない人も多いので、推計年間20万人以上の方が鼠径部ヘルニアを発症していると考えます。
そのうち95%以上は15歳以上の成人症例です。男性が約85%、女性が15%を占めます。
最新のデータ2020年度版(2020年4月~2021年3月)では新型コロナウイルス感染症の影響で、鼠径部ヘルニア手術は不要不急の手術ではないと判断され、その手術件数は12万件程度と手術件数は減少しています。
そのデータ内で成人症例を抽出して比較してみました。
鼠径部ヘルニア手術を受けた総数は102,153人で男性が89,870人(88.0%)、女性12,283人(12.0%)です。年齢別では60歳~84歳までの年代で多くの方が手術を受けています。
新型コロナウイルス感染症の影響でわかったことが色々ありますが、鼠径部ヘルニアに関して、臨床の現場にいて実感したことは、大きな鼠径部ヘルニアが増えたことです。すなわち、鼠径部ヘルニアは放置すると大きくなります。大きくなると言うことは、「手術の困難性も増す」ことに繋がります。
ここで日本ヘルニア学会 ガイドライン委員会 編の『鼠径部ヘルニア診療ガイドライン』を引用します。
CQ1すべての成人鼠径ヘルニアは手術が推奨されるか?
Answer
嵌頓症例あるいは嵌頓移行の危険が高い症例は全例手術が推奨される。
嵌頓の危険が少なく、症状の軽い症例では十分な説明のうえでの経過観察も許容される(推奨グレードA)
解説
- ① 治療の基本
成人鼠径ヘルニアに自然治癒はなく、方針は手術で治療するか経過観察していくしかない。 - ② 嵌頓や疼痛などの重~中症状を有する症例の治療の適応
嵌頓の場合、生命の危険がある絞扼を伴うことが多いのでハイリスクでも緊急手術適応である。
疼痛などの、生活に困るような自覚症状を有する場合も、手術がハイリスクでない限り、原則として手術適応である。 - ③ 無痛性膨隆など軽症状のみの症例の治療の適応
軽症状の場合でも、治療の原則が手術であることに変わりはない。
しかし、手術を行わない場合の嵌頓発生、症状増悪の危険性の評価を行い、危険が高くないと判断されたなら、患者に十分な説明をし、理解を得たうえでの経過観察としても許容されると報告されている。(watchful waiting)
嵌頓の発生は、年間で1%程度と高率ではないが、発症3ヶ月以内 あるいは 50才以上の患者は比較的発生が高いとされている。
また、女性は嵌頓のリスクが比較的高い大腿ヘルニアの併存が少なくないことから、積極的に手術を勧めるとする意見もある。 - ④ 手術リスク評価の注意点
ヘルニア手術の致死率は待機手術で0.2~0.5%、緊急手術で4.0~5.8%とされている。
特に、ASA分類3~4の患者は緊急手術後の合併症発生率が高いとされている。 したがって、手術を行う場合は緊急事態となる前に待機的手術として行うことが望ましい。
上記引用に関し、これまで外科医として、鼠径部ヘルニア診療を専門に実践してきた立場で私の分析を加えます。
嵌頓の危険が高いとは
鼠径部ヘルニア嵌頓・絞扼性ヘルニアの緊急手術の頻度はヘルニア手術全体の3.8~10.5%を占めており決して少ないものではないと考えます。大腿ヘルニア嵌頓は成人の絞扼性ヘルニアの34~56%を占め、大腿ヘルニアの36%を占める。大腿ヘルニアは女性の鼠径部ヘルニアの約20%を占める(男性は2%)。そのため大腿ヘルニアの多い女性は相対的に嵌頓の危険が高く、早期の手術介入が望ましい と考えます。 ただし、手術を受けるか否かは患者さんが決めることですので、私が強調したいことはリスク提示をした上で患者本人の意思を尊重した決定がなされることです。
「脱腸だけれど、まだ小さいから大丈夫!」と言われた場合は、嵌頓のリスクや放置した場合にどのようなことが起きるかを質問してみてください。
的を得た答えが得られない場合は、是非、外科医の専門性ある診断を受けてください。大学病院や総合病院を受診することも悪くはありませんが、最近は私どものクリニックのような鼠径部ヘルニアなどに特化したクリニックも徐々にではありますが、増えてまいりました。
実は大学病院や総合病院の鼠径ヘルニア手術件数の数倍の症例の手術を実施している実績があります。 専門性のあるクリニックでは、待ち時間の短縮や不要の検査が実施されることはなく、経験豊富なエキスパートによる手術を受けることができます。 また、『日帰りで手術』なども少しずつ普及しつつあり、滞在時間4時間少々の全身麻酔下の手術も可能となりました。
DPC
診断群分類包括評価制度の導入に伴い、病院では入院日数に応じて診療報酬が支払われるため、割の良い日数患者さんの入院期間を調整する傾向になります。 年齢や基礎疾患が違うのに同じ病名だからと言って同じような検査や入院日数になるのは国民皆保険制度にとって好ましいことばかりではありません。 手術の方法も鼠径部切開法もしくは腹腔鏡手術、麻酔の方法も局所麻酔から全身麻酔、日帰り術から短期滞在手術など その組み合わせ(選択肢)は多岐にわたります。 嵌頓する確率は低率(1~2年で0.27~1.25%程度)とは言え、嵌頓した場合に緊急手術適応となることから、基礎疾患がありよりリスクのある方ほどより安全な待機手術を選択するべきであると考えます。
高齢だから手術は出来ないと思っているのであれば、ヘルニア手術専門クリニックに是非ご相談してください。ここの症例に対し、適切な治療法を提案させていただきます。 『高齢で心不全の余病ありとなると全身麻酔は困難ですので、局所麻酔で鼠径部切開法による手術を提案します。』など
鼠径ヘルニアの治療件数
鼠径ヘルニアの事例
コロナ禍に不要不急の手術は回避されたがために、ヘルニアが大きくなってしまった実例。
症例 1
症例 2
症例 3
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