俗に言う“盲腸”は急性虫垂炎という病気です。最近の治療法をお教えします。
APPENDICITIS
虫垂炎とは
虫垂は、通常右下腹部にあり、大腸の始まり部分の盲腸にぶら下がっている小指くらいの腸のことです。
虫垂炎は、この虫垂の内部で細菌が増殖して炎症が起こった状態です。
典型的な症状は「最初胃(みぞおち)の辺りが痛くなり、その後徐々に右下腹部に痛みが移動、吐き気や発熱が起こってきた」といったものです。
重症化すると虫垂の壁が破れて穴が開くことがあり、これを「穿孔性虫垂炎」といいます。虫垂が穿孔すると溜まっていた便や膿が腹腔内にもれて腹膜炎などの合併症を起こし、重篤化することがあります。
急性虫垂炎は急性腹症(最後にまとめ)の中で内科、外科を問わずに日常的に遭遇しうる頻度の高い疾患であり、その生涯罹患率は7-14%と、権威のあるジャーナルの文献(Flum DR : Clinical practice; Acute appendicitis; appendectomy or the “antibiotics first” strategy. N Engl J Med. 2015; 372 : 1937-1943 )が記しています。
10~20歳代に最も多く、加齢に伴い減少していくとされてきましたが、最近は高齢化の進行に伴い、高齢者症例が増加しており、しばしば腹膜炎による重篤化を認め、私が非常勤として勤務する急性期病院では集中治療を要する症例も認めます。
虫垂炎の治療法
現在の治療法として、外科手術によって虫垂を取り除く方法(虫垂切除術)または、薬剤によって炎症を抑える方法(抗菌薬治療)があること、外科手術には開腹手術と腹腔鏡下手術があることを情報共有します。
・外科手術(虫垂切除術) | →開腹手術 →腹腔鏡下手術 |
・内科治療(薬物療法:抗菌薬治療) |
虫垂炎の標準治療は?
「たかがアッペ、されどアッペ」
“アッペ”とは虫垂炎(appendicitis)のこと
というフレーズは多くの外科医が口にし、外科手術書にも記述が残る。
虫垂炎診断や手術難易度の奥深さを象徴する言葉であります。
私が外科医として働き初めた頃(30年前)には 右下腹部痛で腹膜刺激症状(腹部を圧迫してその圧迫を解除した際に起こる激痛)があれば昼でも夜でも「即緊急手術」という指導をされてきました。
それは昭和戦前の大学病院の外科病棟の入院患者は半数以上がアッペによる腹膜炎患者であったという経験によるものです。
1935年慶應大学茂木らの報告(第36回日本外科学会宿題報告「急性虫垂炎」)によると「急性虫垂炎の死亡率0.39%は米国1.52%より低いが、腹膜炎死亡率は日本2.93%に対して米国0.16%である」と述べ、急性虫垂炎が穿孔し腹膜炎を発症した場合には極めて重篤な状態に陥り、命を失う症例が3%もあるという事実である。」という事実は、注目を浴び、腹部所見で虫垂炎の診断が付けば即手術、と言った時代背景があります。
それでは現在の標準治療は?
近年、抗生剤の進歩により虫垂切除なしで虫垂炎を治療可能な症例、すなわち「抗生剤で散らす」ことが可能な症例も増えてきましたし、むしろ、現在では正確な画像診断・抗菌薬の進歩に伴い、単純性急性虫垂炎を緊急手術することは外科医や看護師などのマンパワーの問題などから、夜間の緊急手術は回避される傾向にもあります。
ここで近年の科学的論文を引用し、文献的に検討してみます。
文献1 (RCT)
Safety and efficacy of antibiotics compared with appendectomy for treatment of uncomplicated acute appendicitis: meta-analysis of randomized controlled trials.
(Varadhan KK et al. BMJ 2012;344 : e2156)
「急性単純性虫垂炎における抗生剤と手術は同等の有効性と安全性を示す」ことがランダム化試験(RCT)の結果をもって示された。 内容:急性虫垂炎のうち穿孔性や膿瘍形成性虫垂炎などの複雑性虫垂炎は全体の20%程度であり、残りの多くの単純性虫垂炎において1年後まで症状なく経過したものは63%で手術群にくらべ合併症の相対リスクが31%減少するということであった。しかしながら、抗生剤初期治療に成功した群でも約40%は1年後までに何らかの症状が再燃し、20%は再入院となり手術が必要であった。再入院になった症例のうち穿孔や膿瘍形成などの複雑性虫垂炎に進展していたものは21%にのぼっていた。
文献2 (RCT)
Amoxicillin plus clavulanic acid versus appendicectomy for treatment of acute uncomplicated appendicitis: an open-label, non-inferiority, randomized controlled trial.
Vons C et al. Lancet 2011; 377: 1573-1579
ランダム化試験(RCT)の結果、抗生剤保存的加療群と手術群を比較し、腹膜炎発症率は前者が8%に対して、後者では2%と優位に低いという結果であった。
また前者では悪化のため最初の30日以内に12%手術を要し、1ヶ月から1年の間では残りの29%が手術を要した。
文献3 (系統的レビュー)
Nonoperative vs Operative Management of Uncomplicated Acute Appendicitis: A Systematic Review and Meta-analysis Rodrigo Moises de A L et al. JAMA Surg. 2022 Sep 1;157(9):828-834.
単純性急性虫垂炎に対する非手術治療と虫垂切除術の有効性および安全性を検証した報告で、成人患者で非手術治療と虫垂切除術を比較した無作為臨床試験8件(1504研究の中から厳選)をまとめて解析した論文で系統的レビューと言います。
(結果)
手術群と非手術群の30日後の治療成功率に有意差を認めませんでした
手術群と非手術群の30日後における有害事象の発生率に有意差を認めませんでした
しかしながら
非手術群では
入院期間が手術群より有意に長い
虫垂炎の再燃が18%
が認められました。
これをまとめると、
単純性虫垂炎に対して保存的加療の成功率は手術と同程度の成功率ですが、入院期間が長くなり、18%程度で再燃するということになります。
文献4(総説)
Treatment of Acute Uncomplicated Appendicitis David A Talan et al. N Engl J Med. 2021 Sep 16; 385(12);:1116-1123
急性単純性虫垂炎の治療
- ① 抗菌薬で9割(86-94%)初期改善しますが、3割(27-33%)が手術に至る
糞石(+)で8割(78%)改善しますが、4割(41%)が手術に至る - ② 抗菌薬:嫌気性菌とグラム陰性腸内細菌をカバー
まず静注で嫌気性カバー:metronidazole
グラム陰性腸内細菌カバー:カルバペネムかCTRXを静注投与
以降、経口metronidazole(フラジール)と経口cefdinir(セフゾン)投与し計7-10継続
ユナシンS・オーグメンチンはE.coli耐性菌が増加しているので避けよ、とのこと - ③ 鎮痛にNSAIDsを頓服ではなく定時投与せよ
虫垂切除前のNSAIDs投与は安全であり術中出血量を増やすこともなくOpiatesの節約にもなる鎮痛剤は頓服でなく定時投与が原則制吐剤も有用 - ④ 抗菌薬群は手術群より穿孔が少ない
糞石があると合併症は抗菌薬群6%、手術群4%
解釈:単純性虫垂炎で抗菌薬治療での穿孔は手術群より少なかった
>糞石がなければ、合併症リスクは保存治療群と手術群で差はなし
>糞石のある場合 抗菌薬群は手術群より合併症が多かった
→単純性虫垂炎なら抗菌薬投与し、糞石あるなら手術考慮 - ⑤ 就労不能期間は抗菌群が手術群より短い
- ⑥ 退院1-2日で再診
患者に抗菌薬投与、退院後、1-2日で再診
痛み増強、発熱、嘔吐がある場合は必ず主治医とコンタクト
癌で虫垂炎様のこともあるので、40代以上で癌を否定出来ない場合は手術 - ⑦ 抗菌薬で症状は2日で改善するはず、手術より早い
2日で改善ない時は手術考慮
科学的論文の質はRCT研究がとても高いものとなります。
ただし総説・系統的レビューも、権威性あるジャーナルの論文を紹介しておりますので、是非、参考にしてください。
このような論文は恐らく専門医の先生もまだ目にしていない方は多く、このような質の高い治療方法が教科書に掲載され、一般のものとなるのには年単位で時間がかかるのが事実です。
紹介した論文の内容と、現在消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医として大学や急性期病院で年間600例以上の手術(鼠径ヘルニア・胆嚢炎・転移性肝癌・膵癌・大腸癌など)を実践している外科医の経験から問題を提議させていただきます。
虫垂炎についてよくある質問
虫垂炎について、患者さまからいただいた質問を集めました。ここで解決できないことはお気軽に質問ください。
- 入院治療は全症例に必要なのでしょうか?
- 今は手術したくないのですが、保存的治療をしていただけませんか?
- 保存的治療を選択しましたが、再燃が怖いので休みを利用して手術できませんか?
データで見る虫垂炎の手術
ここで本邦における虫垂炎手術症例数の推移を示すデータを示します。
非常に興味深い現象が新型コロナ感染症の結果読み取ることができますので、私の分析をまじえ、説明します。
本邦では年間50,000症例以上の虫垂炎が手術されていますが、大部分の症例は急性虫垂炎で緊急入院の症例です。
ここ数年の大きな傾向としては開腹手術が減少(41.4%→29.4%)し、腹腔鏡手術が増加(58.5%→70.3%)していることです。また2019年度から腹腔鏡手術による『日帰り手術』が始まったことです。
腹部CT検査による術前診断の精度が上がったこと、傷が小さな低侵襲手術である腹腔鏡手術が普及したこと、また今回紹介したような権威あるジャーナルが認めた『科学的根拠のある治療法』として、『虫垂炎=手術』ではなく、『抗菌薬治療による治療』が実施できることがわかり、症例によっては患者さんの時間のロスが少なくなります。
そこで上の表をみてください。虫垂炎に罹患する人数が急に減少することなどありえませんので、2020年にも50,000人以上の方が虫垂炎を患ったはずです。
手術症例が減ったのは新型コロナ感染症の影響なのです。『不要不急の入院』をさせることができなかった病院は『虫垂炎=手術』ではなく、『抗菌薬治療による治療』を選択したのです。
その結果、腹膜炎が増えたなど、全くありませんでした。新型コロナ感染症を経験した結果、『科学的根拠のある治療法』として『抗菌薬治療による治療』が実施できることが身をもって経験することができたのです。
ただし、ここからが大事なところです。
『抗菌薬治療による治療』で改善した中の20-40%が再燃するので、患者にそのことを説明して、希望される方には手術を提案するべきではないでしょうか?
災害・戦争などで経験したことを生かして復興した日本です。
『日帰り手術』を普及することで医療経済の崩壊を食い止め、子どもたちへの負の遺産を少しでも軽減することにご協力ください。
俗に言う“盲腸”は急性虫垂炎という病気です
単純性虫垂炎の診断であれば、抗菌薬による治療で緊急手術を回避できる可能性があり、その後にお休みを利用して『日帰り手術』を受けることも可能です。
入院による時間のロスを解消できます。
急性腹症で頻度が高い疾患
単純性虫垂炎に対して保存的加療の成功率は手術と同程度の成功率ですが、入院期間が長くなり、18%程度で再燃するということになります。
- 急性虫垂炎(盲腸):虫垂が細菌感染で炎症をお越し腫大する
- 急性胆嚢炎:胆嚢結石症などが原因で細菌感染を起こし胆のうが腫大する
- 腸閉塞:小腸や大腸が捻れや癌で閉塞を起こし、腹部膨満と強い腹痛を引き起こす
- 消化管穿孔:胃・十二指腸・小腸・大腸などに穴が開き、腸液や便が腹腔内に漏れ出し腹膜炎を呈する
- ヘルニア嵌頓:ヘルニア嚢にはまり込んだ腸管が虚血(循環障害)になる
- 憩室炎:腸にできた憩室という小部屋で細菌が増殖し炎症を起こす
など
急性腹症とは:急激に発症した激しい腹痛で、緊急手術を必要とする可能性が高い急病の総称。
この記事の文責者
新谷 隆 NIIYA TAKASHI ALOHA外科クリニック院長
資格・所属
- 日本外科学会専門医
- 日本消化器外科学会専門医・指導医
- 日本内視鏡外科学会技術認定医(胆道)
- 日本ヘルニア学会会員
- 日本緩和医療学会会員
- 「がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会」修了
- NST研修修了 日本静脈経腸栄養学会
- 昭和大学消化器・一般外科兼任講師
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